こちら難聴・耳鳴り外来です!

きこえ、コミュニケーション、そして認知や学習などについて”聴覚評論家 中川雅文" が持論・自説を思うままにつづっています。ときどき脱線しますがご勘弁を(^^;

“指示的カウンセリングは最善の戦略である”

耳鳴の原因は多岐にわたる。

大きく分けると、
1)聴覚のエラー、
2)体性感覚のエラー、
3)自律神経の失調、
4)薬物の副作用
の4つにカテゴリーできる。
あるいは、
1)難聴や音の不足によって生じた音過敏、
2)痛みやしびれが耳鳴に置き換わってしまった勘違い(錯感覚)、
3)デフォルトモードネットワークエラーつまり本来の体調でないためにどこか弱ってしまいその負担が耳で生じてしまった状態、
4)薬剤の副作用から脳内伝達物質の代謝が変更されたり心臓や血圧への影響から自律神経のバランスが取れなくなった結果自分のニュートラルがわからなくなった状態
というふうに読み替えることもできるかもしれない。
 
 基本は、聴覚皮質へのシグナルの不足による脳の過活動が原因なのであるが、難聴がなくても、音に溢れていても耳鳴を訴える人は少なくなくしばらく耳鳴の原因はわからなかった。
ノーベル賞を受賞した田中さんはGFPとう手法でこれまでは目視することがむつかしかったニューロンレベルの神経の走向やら接続やらをカラフルに可視化することを可能にしてくれた。GFPの技術を用いることで、いまや聴神経の求心繊維や三叉神経のそれを一本づつにそのつながりを観察することができる。そうした研究のおかげで、聴神経と三叉神経が背側蝸牛神経核の部位のレベルで競合していることがわかった。さらに、そこでは使わないニューロンはよく使うニューロンに置き換わるという実にダイナミックに可塑的な神経結合という変化が生じていることが明らかになった。
 
痛みやしびれという異種感覚由来の不適切な求心シグナルはもちろん三叉神経を経由して脳に到達する。そのニューロンの切り替え点がDCNである。難聴のために聴神経が充分に刺激されていないと中枢側のシナプスは信号が不足したためにもてあましたその触手を手近なべつのニューロンからのシグナルへと手を伸ばしてしまうらしい。そうして痛みやしびれのシグナルが聴神経に流入して耳鳴に化けるらしいことが明らかになった。
自律神経失調、つまり子宮や腸などの不調による深部感覚由来と言われる迷走神経求心シグナルのエラーもおなじように安静時と言われるデフォルトモードネットワークにおいて脳の混乱を生み出す。混乱がカットオフ閾値を変更させてしまうために耳鳴を無視できなくなる。
 
音治療とは音によって聴神経のデフォルトモードの活動のしきい値をかさ上げすることである。
tDCSなどの経皮的電気刺激や侵害受容器に働きかけるソマレゾン療法はだからSomaticな要因がなければ多くを期待できない。
埋め込み刺激電極による迷走神経刺激法や脳深部電極刺激法はデフォルトモードネットワークへの直接的な働きかけにほかならないがその侵襲性から耳鼻科医は尻込みしてしまう。
 
多くの耳鼻科医はしかしそうした視点は持ち合わせていない。耳鳴を聴覚の視点からだけで俯瞰してしまうと聴覚由来でない耳鳴は見落としてしまいかねない。
 
耳鳴の専門家はそうした多様性を理解して、カテゴリーを明確にした上で、音治療の良さを伝えるべきである。しかし、限られた紙面や時間の中では手段だけが強調され、音治療が有効となりえない耳鳴を看過してしまうかもしれない。耳鳴は耳鼻科医でなはなく神経耳科医、いや臨床神経科医こそがみなければ開けないのもしれない。
 
TRTの基本は、カウンセリングである。
それは医学的根拠にもとづいた情報を患者にわかりやすく伝える指示的カウンセリングである。そこには耳科学をこえた広い意味での神経生理学的視点が必要である。
医師はそうしたバックグラウンドを持ってして、患者に見通しや出口というものを正しく伝える必要がある。
 
音治療はその意味で脱感作するまでの期間、耳鳴への恐怖をぼんやりとマスキングさせる手段にすぎないのだろう。
 
たしかに認知行動療法は近年注目されている認知の歪みをただす心理療法で不安の除去に有効である。PTSDなどに非常に有効な戦略である。しかし臨床心理士が実施主体となるため耳鳴の神経生理学的多様性という医学的根拠に基づいて対処法を指導することからは大きく乖離している。昨今のCBTにおける耳鳴への戦略は、ある意味トリッキーな洗脳であって、耳鳴の本質に基づく説得や納得という戦略には立っていないようにわたしは懸念している。
 
耳鳴治療の基本は医師による指示的カウンセリングである。音治療や薬物療法や電気刺激などはカウンセリングを補強するためのツールでしかない。
だからわたしのクリニックでは、先ず医師による指示的カウンセリング、次いで必要があれば音治療を導入し、必要に応じて療法士による認知行動療法を行っている。過半数の患者は初回の指示的カウンセリングで解決を得ているのは、原因がわかれば騒がなくなる患者が多いことを意味している。例えば降圧剤の影響で生じる耳鳴は血圧の下がった証と理解することで耳鳴は患者にとってよいサインに変わる。こうした話はよほどすぐれた心理士でもなければ的確に指摘することはできないだろう。
 
耳鳴の治療は、耳鳴の多様性を理解してその原因に最適な治療を選択することが基本だ。昨今の補聴器とかサウンドジェネレーターとかに過度に注目が集まってしまっている状況はいずれ耳鼻科医への不信感にひるがえるのではないかと不安にさえ思える。目的が手段に置き換わることのない戦略がこそが重要で、時間がないことを理由に耳鼻科医が患者説明をおろそかにしてはならない。