メシ、くそ、風呂は早いが一番。
新年早々のっけから変な話題で申し訳ない。
大晦日のニュースに仲のよい老夫婦が浴槽内で熱中症になりそのまま溺死してしまったというのがあった。
最近になって浴槽内での死亡事故がクローズアップされるようになった。
家庭内での事故死中でその割合が高まっているからに他ならない。
高齢化が進むと同時に高齢者の浴槽死も目立つようになり、そうしたことへの関心の高まりからそうした事件に耳目が集まるようだ。
浴槽死に対しての警鐘ともいうべきブログはいたるところで見ることができる。
このほかにもたくさんのサイトがあり、いろいろ参考になることが記載されています。
これらをぼくなりに整理してみると、
- 脱水気味あるいは熱中症の人の湯船に浸かるのは勧められない。
- ゆったりなが湯てリラックスは血管拡張による脳虚血を引き起こすからあまり関心しない。
という2つに集約されるように思います。
つまり、
風呂に入ることそのものが発汗を促し、脱水を助長してしまう。
そうした状況は失神のリスクを高めるから入浴は危険というのがまず一番。
そして二番目は
リラックスして血管が拡張すると脳血流が減り意識を失いやすくなる
ということのようなのです。
脱水と血管拡張というふたつの脳血流を下げてしまう問題が同時に生じるのは確かに大問題です。
そのまま意識を失えばスルッと頭と足の関係が逆転するように滑ってしまうでしょう。そうなると今の日本の浅くて長めの浴槽だとすっぽり上半身がはまり込んでしまうかもしれません。
さてぼく自身も酔っ払ってズボッと滑るように浸かってしまった経験は確かにあります。だけどいまも無事に生きてることを考えるとリラックスしてぼーっとしてという理由だけでみながみな風呂で溺れ死んでいるわけでもなさそうです。ほかにも原因はありそうです。そうしたことは英米ではどうなんだろうとヨーロッパやアジア諸国の先生方にお話しすると「日本人だけだよ浸かるのは。シャワーだけにすればいいじゃん。」とともに問題解決を議論しようという雰囲気にもなりません。
ところが最近になり浴槽死は医学的にも注目されるようになってきました。これはカナダのてんかんの専門医の先生から聞いた話なのですが、これまで浴槽死は溺死だという思いこみがあり、気管や肺に水が入っているかどうかきちんと調べてなかったのがこの数年きちんと調べるようになり、溺死以外の浴槽死もかなりの割合であるということがわかってきたというのです。入浴中に脳血流が下がり、それに応じて脈拍が変化したタイミングで脈の乱れをトリガーにてんかん発作が生じてしまいそのひきつけで亡くなっている人とか血管がひらいて血栓がはがれそれが脳につまって意識を失っているひととかがいるらしいのです。
てんかんや脳梗塞で浴槽死した場合は死亡の原因が溺死ではないこと、彼らのためには入浴でのリラックスは避けるべきと指導するようになっているそうなのです。
そんな風に考えているうちにむかしはせっかちの極みと忌み嫌っていた江戸っこの銭湯スタイルが非常に合理的に思えてきました。
- 43〜45度の熱い湯に我慢するように肩までしかし短時間だけ浸かる。
- 脱衣場では冷たい水で絞ったタオルを振り回すように背中や股間をパッチン、パッチンとたたく。
- なが湯はしない。
- でたらすぐに冷たいフルーツ牛乳かオロナミンCを腰に手を置いて一気飲み。
実に合理的な所作にあふれています。
熱い湯ならカラダは温まるけど熱さの刺激で交感神経優位でリラックスどころじゃありませんし、湯船からでてほてりが冷める前にビシッバシッと皮膚刺激をやればてんかん予防になる経皮的皮膚刺激につながります。
さらには冷たいフルーツ牛乳で水分補給をリセット。
メシ、くそ、風呂は早いが一番とは江戸っ子はずいぶん昔から風呂場じゃくたばらないノウハウを経験値から身につけていたんだなと感心してしまいました。
トイレは長居しない人だと周囲に知られていればトイレで倒れたときの助けも早いにちがいありません。早ぐいするとすぐに満腹になるのでゆっくり食べるよりも食べ過ぎが予防できます。
江戸時代の日本(江戸)は当時その周辺国と比べると非常に長寿であったことはよく知られたはなしですが、かれらの粋のなかにはピンピンころりのコツが隠されていたのではないかとその合理性に感心してしまいました。
コレステロールが悪い、トランス脂肪酸が悪いと目の敵にしていたのが、いまでは糖質制限食にできれば脂質は自由ですよと手のひら返したように無責任な指導をしているのがエビデンスの大好きな医者や栄養士の行いですが、熱い湯は体に悪いと39度のお風呂とダイエット効果を目論んでの半身浴をキャンペーンし始めたら浴槽死が増えてきた。
医学における破壊的イノベーションはここのところ伝統的な生活習慣やライフスタイルの前に見事に完敗し続けているようで、自分の方向性も改めねばと新年早々考え込んでしまいました。
それでは今年も本ブログよろしくお願いします。