こちら難聴・耳鳴り外来です!

きこえ、コミュニケーション、そして認知や学習などについて”聴覚評論家 中川雅文" が持論・自説を思うままにつづっています。ときどき脱線しますがご勘弁を(^^;

初期研修医制度、後期研修制度としての新しい専門医制度

亡くなった開業医であった父は、インターン闘争で勝ち得た果実をわたしたちの世代がなにもしないから初期研修医制度と名を変えて亡霊のように出てきたものだとよく言っていた。

その厚生労働省念願の医師管理システムの端緒となる初期研修医制度が始まって約10年になる。しかし役人のイマジネーションは実情に即していなかったのか、現場は混乱し、医師の偏在はますますすすんでしまった。その結果、研修プログラムは朝令暮改のごとくに改編され、当初の目的であったスーパーローテートによる広く浅く総合医を育てるという厚生労働省の願いからは遠のいた感がある。

研修医自身の自由裁量で研修診療科を選択できる部分があまりに拡大されたこともあって、耳鼻咽喉科のような研修必修に組み込まれなかった診療科は、若いひとに見向きもされない(開業指向よりも勤務医指向の傾向が強くなったのもその理由かと思う)。

 

2008年まで医学部の定員は医師過剰を理由に7800人程度であったが、2009年以降から突如医師不足に政策転換され、急増し約8500人になった。そしてその後も徐々に増えていて、2015年度はいよいよ9100人を超えたようだ。卒業は6年後だから今年あたりからそうした定員増の影響が見えてくるのだろう。

医学部が8年連続で定員増!|医学部受験パスナビ:旺文社

 

そうした若い世代は、初期研修を経て、後期研修で専門性を高めるべく修行を続けることになる。この後期研修における専門性の担保が2017年から始まる新専門医制度だ。これまでの専門医制度はH32年には終了となり、それ以降は学会認定はなくなり認定機構での専門医だけになる。

そうした専門医希望の専修医を受け入れる病院は、プログラム参加施設としてまず基幹病院となるか連携病院となるかを決めなければならない。さらにそれらグループ全体の合計として以下の手術件数が求めらる。

耳鼻科の場合だと・・

  1. 年間400件以上の手術件数
  2. 頭頸部外科手術 年間50件以上
  3. 鼓室形成術等年間50件以上
  4. 内視鏡手術等年間50件以上
  5. 口腔・咽喉頭手術 年間80件以上 

 ということで、耳鼻咽喉・頭頸部外科という外科的色彩が極めて濃厚な診療科として800床以上のメガ病院が主体となって耳鼻咽喉科専門医を育てていく姿が見えてくる。

 耳科手術の外科書には、耳科医が頭頸部外科も学ぶことは矛盾する。医療事故をなくすためには耳科医はそうした業務を兼任することなく専心特化すべきだと書いてある。実際、米国の場合、耳科医は独立した専門医だ。また、平衡機能や聴覚に関する専門家は欧米だと神経内科(臨床生理)というジャンルで活躍している。

わたしは耳科手術・声帯手術・扁摘とマイクロサージェリーが現場の仕事だ。請われれば耳下腺や甲状腺やFESSなどもするが基本は耳外科医であるとおもっている。

一方で、臨床研究はもっぱら臨床生理をやってきた。所属する学会や自分の研究歴からは耳鼻科らしいものは何も出てこない。電気生理学といえば難しそうに聞こえるが、聴力検査や脳波やめまいの検査の診断をするのがその仕事だ。脳波の専門医も持っているから後者の方がメインかもしれない。15年くらい前には真剣に神経内科へ転向することも考えたくらいだ(耳の術者が足りないからと引き留められてなくなく思いとどまった)。だから、わたしのような立ち位置だと国の目指す専門医像とは異なる。

 

この新しい制度では、専修医を受け入れるに際して施設条件だけでなく、1人の専修医の受け入れにつき細かくさまざまな症例を一定件数確保するしばりもあるようだ。かつて診療報酬に係数制を取り入れ件数の多い医療機関の保険点数を高めるという国の誘導があったがそれが医療機関の優劣ではないと悟り診療報酬の係数は取り下げた経緯がある。しかし役人はやはりそうした数字にとりつかれやすい性分なのかここに来て専門医育成には数が必要と言ってきたのだ。結果として受け入れる人数に応じて人数分の倍数の症例件数が必要になる。たとえばこれまでの専門医取得希望の後期研修医の受け入れで勝ち組と言われる大学病院が都内に3つほどあり、そこはこれまで毎年10名を受け入れていましたが、それを維持するには、

  • 耳科手術 24件x10名
  • ESS        25件x10名
  • 扁摘   10件x10名
  • 頭頸部腫瘍 30件x10名
  • 気管切開  5件x10名
  • 鼓膜チューブ 10件x10名

ということになってくる。

おそらくいままで通りの人数を受け入れる単独での基幹病院化はいずれもむつかしいんじゃないかと思う。

なによりこれまでの学会認定研修病院よりも格段にハードルが高くなったから、今後はほとんどの病院が単独で基幹病院として専修医を獲得することはできない。400床クラスでかろうじて1名の受け入れができるところが2割くらいあるというれべるになりかねない。400から600床くらいだと耳鼻科部長の専門性で若い人を引っ張っている傾向もあるから、なおのこと上記のようなバランスの良い症例確保はとてもとてもハードルの高い話しだ。

 

こうした新しい制度がまず何をもたらすかというと

  • 患者数の多い病院へと医師が偏在することがすすむように思います。
  • 異なる法人間での基幹と連携のグループ化はそうそう安くはありません。医療機関に新しい合従関係が生まれる可能性が高まります。
  • 同一グループ法人名での合従はすみやかにすすむので、そうした医療機関は早晩大学との連携をやめることになるでしょう。
  • 合従がすすまず受け入れ先の拡充にもたもたしているうちに耳鼻咽喉科は衰退する?
  • そして一番の懸念はしなくてもいい手術がまた増えてくるという心配です。

結局のところこの制度は耳鼻咽喉科にとって長期的には専門医の減少をもたらし、きわめて特殊なイメージでの耳鼻咽喉頭頸部外科の医師を育てるということになり開業医などのおこなう専門的な耳鼻科にはつながらないから、わかいひとはますます耳鼻科を離れるという悪循環?

あまりよい話しではないから今のうちにもう一度考え直した方がよかろうとおもえて仕方がありません。

 

 

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