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こちら難聴・耳鳴り外来です!

きこえ、コミュニケーション、そして認知や学習などについて”聴覚評論家 中川雅文" が持論・自説を思うままにつづっています。ときどき脱線しますがご勘弁を(^^;

子どもの頃の思い出 〜🌀上陸編〜

久しぶりに大型の🌀が昨夜上陸した。

台風11号は時速20kmで、瀬戸内海から再び岡山に上陸するらしい。
非常に激しい雨のため、避難勧告が各所で発令されている。
 
ぼくの記憶だと昔の台風はいつもこんな感じで必ず四国を直撃して、上陸した。
いつも毎度のごとく台風は高潮とともにやってきて四国に恵みの雨をたくさん降らせてくれた。
通学路が海岸線となる学童がすくなくなかったから、台風が来るとすぐに 警報が発令され、学校は決まって休みになった。
子ども時代のわたしにとって🌀はいつもポジティブなイメージだった。
 
海岸線からほどない距離にあったわが家は、大型台風になると決まって目と鼻の先まで海水がやってきた。高潮が潮位を上げ、近くのうちは浸水するところもしばしば。
かわいそうなのはお向かいさん。通りを隔てたその家は、なぜだか大型なのが上陸したときにはいつも床上浸水だった。
そこのオヤジさんは、「桐箪笥にしているから大丈夫だ」とか「通帳や印鑑はこのタンスの一番上の引き出しに入れている。」と自慢していた。よほど桐箪笥であることが自慢らしい。そのタンスの三段目くらいには確かに浸水の名残の文様がしかとついていた。それに比べると我が家はいつもかろうじて大丈夫だった。
 
台風が過ぎ去ると警報のための休校は解除される。しかし、友人の何人かはしばらく登校してこない。浸水の後始末でそれどころではないのだ。あまりに長い間登校してこないときには集団下校の仲間とともに彼のうちによる。見舞いに行くと柱に確かに浸水があったことを示すラインが残っている。だけどもなんだか見事に片付いている。なんえもの文様がついている壁やタンスのあとをみれば、もちろんそれがひとしきりかたづけた後のお宅だとわかる。何もなくて妙にすっきりしているのは相当に片付けしているからだ。
 
柱に刻まれた浸水の印、そこからもう少し上に目をやるとそこには今度は友人の成長を刻んだ、身長を書き込んだ線と日付のマークもあった。わが家の壁には兄弟3人分の身長の記録しかない。ところが彼のうちにはそこに台風の記録があるのだ。当時のボクはそんな彼の家のキズをみて そこはかとなく「どうしてうちは皆と違うのだろう?」とただそれだけをぼんやりと繰り返し感じていた。
そしてその理由を見つけ出す妄想を楽しんでいた。
 
その我が家に欠けているものは、浸水の傷跡ではないか!
わたしはそんな不謹慎な妄想に囚われていた。
「うちに足りないのは神様からの戒めだ!」
「しあわせすぎる。あまりにしあわせすぎる。」
「隣人は適度に神の戒めを頂きリセットできているのに我が家はそれがないというのはきっともっととんでもなく酷い神の仕打ちがくるに違いない」
なんてことをとりとめもなく妄想した。
 
我が家があった町は、昔は船大工の町だったらしい。そのうち商店が増え、恵比寿だか毘沙門だかなにか景気のよさそうな地名に知らない間に変わっていた。いまはそんな真珠やミカンで賑わった景気の良い時代はどこかにふっとんでしまったようにシャッター通りだ。つまりわたしの生家の辺りは海岸線の最後の埋め立てされてない境界だったのだ。そういえば災害はいつもその地域の旧称を辿ればさもありなんという場所でばかり発生している。ヒロシマの土石流なんかはそのさいたるものだ。渋谷とか中洲とか水害の起こるところは水が集まるような感じ(漢字)がつきまとう。いつまでたっても床上浸水がなかったのはそんな縁起のよい地名の場所だったからなんだろう。
 
閑話休題(さてさて)
台風が来ると小学生時代のボクはいつも押入れから浮き輪とゴムボートを引きずり出した。台風のニュースを見ながら、休校になってもてあました時間を使ってゴムボートや浮き輪に空気入れる。ひとしきり作業をおえるとそれらをリビングにおき、ゴムボートに鎮座してテレビにかじりついた。
「ことしこそ、我が家も床上浸水しますように。」
床上浸水するその瞬間に備えて準備した。
そう当時のぼくはボーイスカウトにはまっていて いつも「備えよ常に」なマインドにあふれていたからだ。
狭いリビングに大人がゆうに三人は乗れるようなゴムボートだったからさぞかし邪魔だったと思うのだか、両親は半ばあきらめ気味にあたたかく見た持ってくれていたように思う。というかやはり目の前まで海水が来るのだから、一方的に馬鹿なことやってるとも言えなかったのだろう。
 
実際に我が家が床上浸水したのは、一回だけだったように記憶している。、15cmくらいだった。その時もしかとゴムボートは準備していたが家の中で浮くことはなかった。
悔しまぎれにゴムボートを引きずり出し家から程遠くない国道まで持っていくとボートはしっかり浮かんだ。浸水した道路は車もいないから見渡す限り自分だけ。なんとも言えない気持ちよさだった。
そんな至福の時間もつかの間、すぐに向いの床屋のおじさんの形相にたじろいで、
そそくさと家まで戻ったのだ。
 
続く(ーー;)