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こちら難聴・耳鳴り外来です!

きこえ、コミュニケーション、そして認知や学習などについて”聴覚評論家 中川雅文" が持論・自説を思うままにつづっています。ときどき脱線しますがご勘弁を(^^;

人はどこで学ぶか?学ぶべきか?

www.sankei.com

www.asahi.com

彼女の試算だと4000万人を学校に行かせるためには、430万円x10000 くらいかかるらしい。

一方で、

「例えばインド・ソーラープル出身のアクシャヤ・アイエンガーのような人々です。織物業が盛んなこの小さな町で育ったアクシャヤは、ウィキペディアを一番の教科書として学習してきました。この地域の学生には、本はほとんどなかったものの、携帯からはインターネットに繋げることができたので、ウィキペディアがとても役立ちました。アクシャヤはインドで大学を卒業し、今ではアメリカでソフトウェアエンジニアとして働いています。アクシャヤは自分の知識の半分はウィキペディアのおかげだと考えています。このような話は珍しくありません。私たちには志の高い使命があり、険しい道のりを歩んでいます。」

というような話もあります。

さらに

www.khanacademy.org

こんな学びのスタイルだってあります。

 

世界中に無料WIFIタブレットが配付されれば、学校なんていらないんじゃないか?

 

学校ができてても、不登校やいじめや通学時の不慮の事故などいいことばかりじゃない。

 

マララさんの目指す「学びの世界観」は日本における 学校と給食 みたいな意味づけがないとどうもピンとこないのはわたしだけなのでしょうか?