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こちら難聴・耳鳴り外来です!

きこえ、コミュニケーション、そして認知や学習などについて”聴覚評論家 中川雅文" が持論・自説を思うままにつづっています。ときどき脱線しますがご勘弁を(^^;

フレグランス シグネチャ

アバクロは、入るなり独特な雰囲気がある。
マッチョな男性スタッフと立ち込める香りは正直わたしには堪えられない。
エルメスやヴィトンなどのブティックもそうだ。
別にそこで買いものするわけじゃないが、居てもなんとか平静でいられるのは、和光やティファニーアルマーニくらいまで。
デパートの一階は正直めまいか立ちくらみになってしまう。
それでも香りは間違いなく企業のコーポレートアイデンティティーになっている。

女性ホルモンであるオキシトシンを嗅がせるとヒトは警戒心が薄まるらしく、それを使って商売する輩もいるというから大変だ。
そういえば、高額な英語教材や現代アートを売りつけてくるお姉さんはみんないい匂いな人ばかりだ。

嗅覚や味覚や皮膚感覚は、まとめて 体性感覚と呼ぶ。自律神経との関係性も深く、ヒトの原始的というか生理的なところにぐっと迫ってくる感覚刺激だ。音や映像が明確に言語化可能な刺激だとすると、体性感覚はどちらかというとサブリミナルな情動にちかい立ち位置にいる。

洋服の着心地は、嫌な時だけ意識に上がってくるみたく、刺激はほとんどの場合意識レベル以下だ。ASDの子どものこだわり行動の一つに、枕やお人形をずっと抱っこしていたり、同じ洋服にこだわるという行動がしばしば観察されるが、そうした子どもたちはどうも聴覚だけでなく体性感覚も敏感で、新規性が生じた時に無視することが難しいようだ。

目で見たり、手に取ったり、ヒトに伝えるという行動をとった時にはじめて、意識される感覚だと言っても良いだろう。

言語を獲得するよりもずっと早い段階で、末梢神経系と中枢の脳とのネットワークが完成しているので、お互いが言語化すると、ことばではお互いうまく伝えられないことが少なくない。
仲間と同じ釜の飯を喰らうことは、美味しいとか美味しくないとかではなく、その場所と時間と話題を共有するとでしか体性感覚の記憶を共有し難いからかもしれない。

わたしが勤務する病院の耳鼻科外来は小児科に隣接している。耳鳴外来の時間帯と一ヶ月検診の時間帯が重なる。パーティーション隔てて、赤ちゃんとママで溢れかえる。
程よい騒がしさやママたちがふりまくオキシトシンやオッパイの香りは、不思議なことに耳鳴患者に良い作用をしているようだ。
そんな空間で自分の順番を待てない耳鳴患者さんの多くは、ひどい抑うつや脳過敏症のヒトのことが多い。

匂いでヒトを騙すこともできるが、香りはヒトの気持ちを和らげリラックスさせてくれる力もある。
匂いや香りの記憶の多くは、幼少期にそのベースが型作られる。良きにつけ悪しきにつけそうした原体験が、感情のニュートラルラインを定義している。

はじめての場所に立った時、もしなにがしかの不安や違和感を感じた時、それは匂いがあなたになにかの危険を教えてくれているのかもしれません。